「身体は、いつからでも再生できる」
50代で経験した生死を彷徨う滑落事故。
生存率50%の宣告から、わずか1年半でトライアスロン復帰。
自らの細胞を信じ、身体・思考・習慣を整え直した実体験から、
あなたをサポートします。
LaLaStep代表 シモダヒロコ
【私の実体験】生存率50%からの「細胞再生」ストーリー
登山中の滑落事故。頭蓋骨骨折、脳挫傷、複数の出血……。私は山岳救助され、生死の境をさまよう緊急手術を受けました。

集中治療室で意識が戻った時、私は心に決めました。
「生きるなら、元の身体に戻ろう。自分の身体、細胞の力を信じ抜こう」
顎の負傷で食事も摂れず、意識も朦朧とする日々。しかし、普通食が始まった瞬間、私の意識は覚醒しました。
主治医が驚くほどの回復スピード。
一般病棟では自ら首のヘルニアを完治させ、足つぼのセルフケアを徹底。
自然治癒力を極限まで高めた結果、麻痺も後遺症もなく、わずか2週間で退院することができました。

退院まもない頃。むくみがひどい。
頭蓋骨を留めている5枚のチタンプレートがひきつれて痛む。
「社会復帰率18%」
退院後、最初はランニングだけで3日間寝込むほどでしたが、諦めませんでした。
半年後にはフラダンスとトライアスロンの練習を再開。
そして1年半後、私は再びトライアスロンレースに参加、完走を果たしました。
事故の衝撃で歪んだ顔も、美容整骨で整いました。
病院で過ごした時間と療養の日々で、
「自然治癒力の尊さ」を深く実感しました。

「山梨日日新聞(2025年9月8日掲載)トライアスロンレースを完走後、取材を受けました。
【もう一つの実体験】
「運動嫌いのカナヅチ」だった私が、55歳でトライアスロンに挑んだ理由
実は、子供の頃から運動は大の苦手、大嫌いでした。
北海道の僻地で育ち、泳げない「カナヅチ」。スポーツとは無縁の人生を送ってきたのです。

<運動とは無縁の頃>
そんな私が「泳げるようになりたい」と一念発起したのは、53歳の時でした。
周りからは「今さら?」と思われたかもしれません。
それでも、個人レッスンを受け、週3回の練習を地道に積み重ねました。
同じ時期にロードバイクも始めました。

そして55歳。人生初のトライアスロンレースに出場。
「運動の才能がなくても、諦めずに地道に継続すれば、身体は必ず応えてくれる」
この時、身をもってそれを実感しました。

この経験があったからこそ、あの滑落事故の際も「またやり直せる」と信じることができたのです。
「私には才能がないから」「もう若くないから」 もしあなたがそう思っているなら、どうか諦めないでください。
身体は、あなたの「やりたい」という気持ちを、何歳からでも裏切りません。
私の歩み
これまでの14年間、
美容整骨®︎・足つぼ・整体・フェイシャルエステなど、身体に直接触れる施術を通して、
多くの方の不調と向き合ってきました。
50代前後になると、これまで積み重ねてきたそれらが、身体という“結果”として現れ始めます。
メンテナンスは定期的に。
日々のケアも頑張りましょう。
私の人生の転換点
私は過去に、修験道に身を置き、
神職のもとで
精神的な学びを深めていた時期があります。

精神性を人生の軸にしたいと、
その当時の私は本気で考えていました。
しかし、神事や修行を最優先にする在り方を続ける中で、
仕事や生活、人間関係との間に
少しずつ無理が生じていきました。
精神性を高めるはずの学びの場で、
気づかないうちに
「自分の人生の選択権」を
外に預けていたのだと思います。
この経験を通して私が学んだのは、
精神性や教えそのものが問題なのではなく、
人生の主導権まで委ねてしまうと、
どんな関係も歪みが生じるということでした。
「境界線」を引くことの大切さです。
私は精神性を誰かに預ける生き方をやめ、
自分の感覚と選択を尊重する方向へ
大きく舵を切りました。
LaLaStepのこれから
「アクティブシニアを増やしたい」
人生100年時代。痴呆症になりたくない。死ぬ間際まで元気でいたい。
誰もがそう言うけれど
言うだけでも、思っているだけでも、実現しません。
・いつまでも歩ける身体づくり
・転ばない身体へと整える
・楽しい仲間づくり
この先10年を楽しく生きるためのお手伝いを
LaLaStepは目指します。
「美しく、心地良く、私らしく」
LaLaStep代表 シモダヒロコ
53歳でカナヅチを克服し、55歳でトライアスロンを開始。
2023年(57歳)の滑落事故による瀕死の重体から、独自のセルフケアとマインドで驚異の回復を遂げ、2025年にレース復帰を果たす。
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美容整骨®︎1級整骨師
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整体療術師・足裏反射区療術師
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足つぼ講師
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NESTA公認パーソナルトレーナー
- エステティシャン


